最終回  神 の 臨 在 

つい10日くらい前、私はこれからの自分の人生を大きく変える感動的な不思議体験をした。
その体験後の1週間は、やらなければならないことにも何も手がつかず、仕事以外ただぼんやり過ごす
ことになってしまった。

また、その体験によって、私は今後の自分の計画を大きく変更をせざるをえなくなった。
今回の私の不思議体験とそれで早まった私の計画について話してみたい。

人の計画など全く興味はないかもしれないが、私がこれまでいろいろと書いて来たことは、自分の意識
の成長の経過であるから、今後の私の計画も意識の勉強をしている人には参考になると思っている。

話を進めたい。
この体験は夢の中ではなく、あることに意識集中しているときに起こった。

ブログにも書いたが、私は今年から真剣に神秘集中をして行く意思を固めていた。
すでに、1月からいい状態でいろいろな神秘的な気づきも続いていた。

今年に入ってから始めたことは、自分の意識に出てくるネガティブ的なこと(観念)を、そのネガティ
ブ意識ごと意識の外に移動させるという意識の訓練だった。

こう言うと、今まで聞いたことのないおかしなことに感じかもしれない。
人は今の自分の意識を自分自身としているが、私はこの世的意識(観念)は本当の自分の意識とは認め
ていないので、それをこの世的に使うためだけの意識として切り離そうと訓練しているのである。

1月後半には、それが意識的に出来るようになった。
2月入ってしばらくすると、集中している自分の意識内に小さな光の点が自由に動いているのを見た。

それは明らかに自分の意思やイメージで作ったものではなく、勝手に現れて来たものだった。
このときも寝ているのではなく、それを見ながら、別なことを考えてもその光の点はしばらく消えるこ
とはなかった。

すでに何か大きな変化が起こる前触れだったのかもしれない。
それから、約10日くらい経ってから、私の人生の中で最大の感動的体験をしたのである。

いつものように半瞑想状態で、意識的集中をしていた。
そういう時は、けっして半覚醒状態や寝ているという状態でもない。

そのときの私はネガティブを超えることに集中していたのだが、何かいつもと違う感じに気づくと、私
の意識的内側から初めて体験する感じがぐっと近づいて来るのが感じ取れた。

それは自分の内側に間違いない、と言っても本当に解らない深みから出てくる感じであった。
それは絶対に自分の外からではないが、かといって自分の内のどの辺からどのような感じでといったそ
の出所までははっきり解らないのである。

その押し寄せてくるような圧倒的な力は、それまで集中状態で自分が見ていたネガティブな感じを、そ
の押し寄せてくる圧倒的な力によって一気に消されていってしまったのである。

私は何もしていない、意識の中でただ見ているだけというか、その感じを意識しているだけであった。
そして、その力に焦点を当ててみると、何であるか解らないが圧倒的な力は顕在意識の方にどんどん押
し寄せてくるのである。

潜在意識の世界で起こっている意識的な感じを言葉で表現することはとても難しい。
また、この感じは、これまでどの本にも、また誰かが表現していたということもなかったので、なおさ
らである。

その体験後も、私は何度もその力に焦点を当ててみたが、同じような感じで私の意識の中を満たして行
くのである。

その力にじっと自分の意識を同調させていると、ただ感じることは、「神がすぐソバにいる」という喜
びだけ、それだけが深い意識から沸いてくるのであった。

何故神か、解らないが、絶対的であとは何も考えることが出来ないくらい「ただそこにいる」という喜
びの感じだけしかないのである。

その顕現は、その感じを信じるとか、また信じたいというものではない。
それは「信じる」とか「信じていい」ということを自分の代わりに考えてくれているもの、「信じる」
という以外は何も出て来させないもの、すべてこれでいいと思わせてくれるもの、それのみである。

今このように書いている自分でさえ、それを何と表現したら、「それ自体に含まれている信じる」が自
分の意識を超えて「自動的にそこに在る」、をどう説明したらいいか全く解らない。

潜在意識を超えた、無意識レベルがかなり開けた感じである。
以前の自分なら、このようなことは意識的に受け止める力がなかっただろうと、つくづく感じる。


今回は、この意識的体験だけでなく、同時にインスピレーション的なメッセージも受けていた。
「もう、何も考えなくていい、、今の意識も、もういらない」、このようなことだった。

この中で感じた言葉、そしてどうにも言葉で表現できようのない圧倒的な力、私はこのときだけでな
く、この感じが本当かどうかしばらく感じながら、これが消えて無くなってしまわないか試していた。

私はぼんやり過ごしていた1週間の間、いろいろなネガティブをわざわざ起こしてみた。
それでも、内なる圧倒的な力は、私の意識の前面まで押し寄せてこれらのネガティブを自然に消してし
まうのである。

その力は、自分のイメージによるものではなく、また強く集中することなく、ただその力の感じに合わ
せているだけで自動的に押し寄せてくるというものだった。

一番解りやすい表現をすれば、ハワイなどのサーフィンの映像を見たことがあると思うが、そのような
大きな波が、意識的に圧倒的な力としてどんどん押し寄せてくるという感じである。

消してしまうというより、はっきりした表現も出来ない、また解らないが、その力に触れるとネガティ
ブが無くなってしまうという感じである。

また、そのネガティブが無くなっていく感じを実際に感じていられるのである。
今でもそうであるが、それ以来私は心配不安的なネガティブが出て来ても、全くその存在には無頓着に
なっていられるのである。

その圧倒的な力と同時に来た言葉についてである。
「自分の今の意識も、もういらない」、この言葉も内に響いていた。

私は静かに自分の内と話していた。
「そうか、もうこの意識もいらないか、今までの意識以上に自分の意識が上がったということか、今は
はっきりした感じはしないがそういうことか。だったら、このいらなくなった意識を全部みんなに教え
てしまおう。本当に教えていいのかな。でももういらないならこれから書いて行けば・・・」

このようなことが自然に出てきた。
私は、以前から、自分がこの世を去るまでに自分の知っていること全部、秘密も全部書いてしまおうと
考えていた。

おそらくそれは早くても5、6年後になるだろうし、その時期が来たら書いて行こうと思っていた。
私はもう生まれ変わって来ないので、本当のことを全部ばらしてしまおうと考えていた。

私は、その内容をよく理解納得した人は、絶対に生まれ変わりをストップ出来ると信じている。
それだけではない、今生の自分自身の存在とその価値にも大満足するだろうとも思っている。

しかし、けっこうな量があるので、急にこのようなことになって私もこれから大変である。
でも、何年かかけて少しずつでも進めるしかないと思っている。


簡単に内容を言えば、私が今の意識に至るまでに知ったすべて、段階ごとに秘密的なことを触れ、自分
の意識の段階をどこまでも上り詰めるために、すべての意識における理解納得で真理に近づくという意
識の完全理解の解説になる。

相当細かい意識の段階の説明、すべて私自身が経験して来たことをだけで解説して行く。
今回体験した最高の意識で自分自身を省みて判断すると、これまでやって来た意識の道を通る意識の勉
強方法は完全に正しかったと確信した。

霊的法則には曖昧はない。このことは、これまでの世界の歴史を見ても理解できるはずである。
もし、私が違う方向でやっていれば、絶対今の意識には達することはできなかっただろう。

勝手にこのようなことを言っている私を信用するかどうかは私にとってはどうでもいいことで、それは
その人の「内なる霊性、信じる力」のレベル次第である。

私はこれから本当に時間の余裕がなくなってしまう。
このような訳で、せっかく発行したばかりの2つのメルマガも続けることが出来なくなってしまった。

名言分析も楽しかったが、また機会があれば始めてみたい。
この「七光導」も今回で最終回にする。

これから私が体験する数々の神秘は、いつかまとめてまた何かで書いて行こうと考えている。
何もなくなるのも寂しいので、ブログだけは何とか残して2週に1回のペースで続けて行きたい。

ブログは今回載せたもので、記事がちょうど100になった。
ただ、2、3分で読めるような内容では、本当の意識を理解するには全くの説明不足である。

今度は、ある程度まとまったものを作りたいと考えている。
200ページ前後あれば、何度も読み返すことも出来るので十分勉強出来るだろう。

これはどのような形で出すかはまだ未定である。
内容は、私のセッションで言っていることも入るが、もっと濃いものにしようと考えている。

そのくらいのページ数をメドに、意識の段階を追って数回出して行ければと考えている。
今回はいろいろなことが起きて、私にとって何かが早まっている感じがしている。

昨年の今頃からいろいろなことが始まっていた感じがする。
そのあたりから、私自身に神秘的なことが多くなっていたのを感じていた。

4次元的な映像がたいした集中もすることなく、自動的に見えてきたり、いろいろと意識向上のための
気づきもあったりして、そのときから何かが違って来ているのを感じていた。

ただ、HPのことや他にやらなければならないことに気持ちと時間を取られ、せっかくの神秘集中のチ
ャンスを先延ばしにしていた。

6、7年くらい前に、初めて無意識レベルに触れ2年半の間にたくさんのインスピレーションを得てい
たが、HPの内容のことでそれから4年近く神秘から離れてしまっていた。

神秘から離れていたことは、本来の自分の目的から考えると非常に不愉快な気持ちにもなっていたが、
時間は限られているので仕方ない。

もうこれ以上は限界で、今年から真剣に神秘集中に入る決心をして、1月からいろいろな意識集中に入
っていたのである。

しかし、これほど早く自分の望んでいたことが実現するとは思ってもいなかったので、本当に驚いてい
る。

今回の体験は、これからの私にとっては本当に重要な意味があるので、本当に自分の魂に感謝している
と同時に、さらに厳しい意識で自分を制御しなくてはならないと覚悟した。


昨年から私が計画していた自分の意識向上の目的レベルは、この1年間の気づきと今回の体験で7、8
年分は終わってしまった。

鬱の症状である「燃え尽き症候群」ではないが、この1週間以上何も考えることも出来ず本当に無の状
態になっていたのは、この体験だけでなく次の内的目的が一瞬に無くなってしまったことにもある。

意識的なことをまとめて行こうという考えは、そのときはちらちらと出ていただけであった。
このように何も無い感じであっても、自分の気持ちは最高の充実感、本当に満たされているという感じ
の中にはいたのである。

このような意識状態でも、私は冷静に自分の内なる感じを確かめていた。
いい状態が何日か続くと、ほとんどの人はだんだんそのテンションも下がって行く。

同時に、今のこのいい状態が消えて無くなってしまわないだろうかとか、先の心配不安感も少しづつ顔
を出してくるものである。

ネガティブというものは、こういうものである。
この世全体に対する絶対的な安心安全を持つことも信じることも出来ないため、私も含め、どんな人も
このような感じになるのは、ネガティブ世界のこの世に生きていれば自然なことである。

私だけでなく、これから私が経験するさまざまなことは、さらに多くの人の意識的、霊的な目を開くこ
とになるだろう。

たくさんの霊界意識、霊的映像、智恵は、その人の人生をより充実させるためのいい証拠になるだろう
と思っている。

今回体験した創造性を含んだ霊的力は、絶対離すことはできない。
前回の4次元的なことの二の舞にならないように、いま毎日潜在意識に完全に印象付けるように集中し
ている。

昨年、4次元的な映像が何も強く集中することなく自動的に浮かんで来たその感覚を、私は少し忘れて
しまっていた。

もうこのようなことがないように、これからこの力をどのように表現していくか、どのようなことに使
って行くようにするか、真剣にそのことに集中して行かなければならない。


これまで目を通して来た本やサイトにも、今回体験したような圧倒的な力のことはどこにも書いていな
かった。
私自身も当然想像することすらなかった。

これが「神の臨在」かどうかは、また私の研究が始まる。
でも、「もう、何も考えなくていい」、これでいいのかも知れないが。

私の今までの意識はもうこの新しい世界では使いものにならない。
魂から来るインスピレーション的な言葉はいつも私のこれからのすべてを示唆して来た。

「神に向かえ、神を求めよ」は「自分の魂に近づけ」という意味である。
私は最初からこれを信じ、ひたすら集中勉強して来た。

援助!魂からの援助!、、知っている者だけが言える言葉である。
潜在意識をはじめ、私の深い意識についての細かい説明は他にはないと思っている。

これは頭で考えたものではない、意識的訓練を通して実際に体験して来たことである。
人間であれば、この魂までの道、意識構造はみんな同じである。

だから、そのとおりにやって行けば誰でもそれに近づくことが出来るのである。
しかし、ほとんどの人はある感じを欲しいばかりに、本当の意識の本質の理解納得などは無視して早く
その気になれることを追うのである。

何も知らないから仕方ないことであるが、私にしてみれば相当な遠回りをしているのである。
時間とお金とその労力を考えると・・、、それでもどう言っても解らない人は多いのである。

たとえば今回の私の体験をこういう人に話せば、必ずこう聞いて来るだろう。
「どうやってやるの?」。 ・・・こういう言葉は、絶句ものである。

私の理想であるが、私の知っている本当の意識を教えられる人が各都道府県に何人かいるといいだろう
と考えている。

自分の療法にその本質意識を活かしたり、本当のことで自分の意識を高めたいと思っている人をセッシ
ョンなどで指導出来る人が多くなることが私の理想である。

私も徐々にそのような方向に持って行けるように考えて行きたいと思っている。
何年かはかかると思うが、そのような気持ちのある人は私もこれから努力するが、そのような方向で歩
きだして欲しいと思っている。

いつかチャンスがあるだろう。
本物で真実であれば、それだけでもあなたのためである。


本当の本物の意識、真実、本質、真理、どの言葉も同じような意味であるが、はっきり言って私はこれ
が理解できると断言できる。

完全に自分を強く出来る意識、他人のネガティブに全く左右されない意識、そのような高度な意識に近
づけるのである。

簡単!である。それは、この世の意味でいう簡単というのではなく、本当のことを知るだけである。
また、誰もが簡単を求める。

私は、望めば誰にでも簡単に話すことは出来る。
それは、本当のことを話せばいいだけである。

でも、その本当のことを聞く人は、その話は難しいと思うだろう。
これが、この世である。

それを、解りやすくするために、この世的に本物から少し離れて本当の意識をマヒさせた内容の話をす
ると、今度はそれを聞く人は感動するかもしれない。

どちらで通して行くかである。
これは意識の慣れの問題である。

この世的、観念的に慣れてしまった人の心は、どこかでその軌道修正が必要である。
それが本物に触れていくという期間である。

単純に言えば、その期間がポジティブネガティブの本質を知って、ネガティブから離れて本物を知って
いくという「慣れ」の意識的訓練である。

このすべては私がやって来たことであり、その結果である証拠が今の私の意識であり、それについて私
は完全に説明できるということである。

このことは高い霊的修行者はみんな行なっていることでもある。
その思考レベルの心、意識を超える段階が有名な「般若心経」の真の意味である。

「般若心経」は、潜在意識と無意識の修行であるから、ほとんどの人はその深い意味は解らないのであ
る。

私は、あなたが何もこのようなレベルまで、私と同じことをしなければならないと言っているのではな
いのである。

本当に大きな全体的な視点で人生を見てもらいたい。

今生きているあなた、そのあなたをどこまで高められるか、満足できる自分に近づけられるか、周りの
人と気持ちよく接していられるか、要するに自由な意識の自分自身をどこまで完成させられるか、自分
が良くなることにこの人生でどこまでかけられるかということである。

これから子供たちや周りの人にも、愛とやさしさのいい波動を感じさせることが出来る自分になって行
けるように、自分のためにも努力して行きましょう。

お互いに!