No.25 生命意識 

人間にあるいろいろな潜在能力の中で、多くの人が知っていて何らかの体験をしているものに
「知る力」というものがある。

「知る力」とは、「なんとなくわかってしまう」という感じから「ヒント」「気づき」「答え」
「インスピレーション」まで、思考した結果ではなく無意識のうちに納得のいく答えが得られる
ということである。

何かのきっかけで、この中のどれかを不思議な感じとして体験している人もいるだろう。
なんとなく自然なうちにわかっていることもあれば、あれこれ悩んでいた問題が一瞬のうちに答
えがわかって解放されるときもある。

しかし、ほとんどの人は、それを自分の力として活用しようとは思わない。
思わないというより、活用できるものとは思っていないと言った方が合っているかもしれない。

私が今まで体験した不思議なことや第六感それに瞑想や集中で一瞬のうちに入り込んでくるヒン
トやインスピレーションなどは、小さなことまであわせるとその回数は200を超えるだろう。

私は、20代の頃からこの潜在力を、絶えず意識してきた。
私が話す潜在意識の知識は、いろいろな体験から得たものが多く、一般的に言われている潜在意
識の知識とは違うと感じる人もいるだろう。

潜在意識の理解が増し、よりそれに近づくことができれば、何か自分のためになる潜在力を開発
していくことも可能になるだろう。


どんな人でも、言葉にできないまたは何と表現していいか迷うような感じというものを一度は体
験しているはずである。

「知る力」の世界は、このような感じの世界である。
私はこのような力に関連したいろいろなことを理解しているが、その中でも生命力に関連する知
識は、我々が創造的な新意識に変わっていくために必要なものだと思っている。

それは、我々が自分自身を生涯通じて健全に維持していくための知恵にもなるのである。
「生命」と「意識」の深い理解は、多くのネガティブから自分を防御するのである。

人は心にある問題や悩みを解決しようとして何日も悩んでいると、心身とも疲れきってくるが、
それは私も同じである。

私の場合も過去、このような時、瞬間的に気づきや答えなどが来たことも何度かあったが、その
ときはいつも感動的驚きで最高の感じであった。

おそらく、いろいろな状況でこのような体験をした人は、私と同じようなことが起きたと思って
いる。

それは、その瞬間、心身ともに非常に楽になり軽くなるのである。
心配ごとがなくなって、気持ちが楽になったという経験をした人は多いだろう。

気持ちが楽になるというのは、体も楽になることであるから、気持ち(心)と体は密接に関わって
いることになる。

それは、瞬間的にしかも強く感じられることでも証明される。


その瞬間は次のような意識の状態である。
私は何かに思い悩んでいたり、考えを集中したりしているうちにだんだん無意識状に入っていく。

ある映像や短い言葉が無意識のうちに感じられる。
そして、意識の中で思わず言葉が出る「わかった!」と、しかし、答えの内容すべてにはまだ至
っていない。

意識全体が「わかった!」と押し寄せる感じである。
それから、その答えの内容がどういうことであるかわかってくるのである。

「わかった!」という感じをもう少しわかりやすく説明すると、まず深い意識の中で光る、この
光は見える光ではなく意識でそのように感じる。

そして、その強力な光は、もし天国があるとするなら天国の光と表現したくなるようなすべてい
いと感じるしかない非常に軽さを超える軽さ、やわらかさを超えるやわらかいしかも強力な感じ
ということになる。

それは瞬間であるから、すべては同時に行われているような感じがする。
しかし、もう一方では大変うれしいことも起きている。

それは、その一瞬のうちに体まで元気になっているということである。
一瞬で元気にさせる力とは何か。

それは、一瞬に入り込んだ生命力以外には考えられない。
体に元気さを蘇らせることのできる潜在力は、生命力以外に何があるだろうか。

意識の奥で解決されずに絡まった暗い思いは、ネガティブである。
それを一瞬に溶かす力は、光であり生命力である。

これは神秘である。
「生命力」と「意識」の話は、私が一番理解している分野であり、私はこの二つは何をやるにし
ても離して扱うことはしない。


もうひとつ「知る力」に関する話しをしてみたい。

これもほとんどの人が経験していることであるが、「頭ではよくわかるが、何かが引っかかる」
とか「全部わかっているんだけど、何かがわからない」というようなことである。

ある人が何かに悩んでいて友達や先輩などにアドバイスをもらったり、また自分でも本などで解
決策を探したりしてそれでも解決できなければ、いろいろなセラピィーを受け、ほとんどもっと
もだと受け入れられる答えを得たとする。

しかし、それでも本人は何かがしっくりこない感じがすることがある。
もしこのとき、前に述べた一瞬の気づきがやってきたら、その人は「わかった!」といって一
気に心身共に明るさを取りもどすであろう。

ではこのとき、いったいどのような気づきがやって来るのであろうか。
私の経験から言うと、このときの気づきは今まで人や本などから知ったことと大きな差はないも
のと考えている。

ただそれは、その人の意識レベルより高い、自分を満足させてくれる確信に変わる新たな意識で
あることには間違いない。

自己に関することでは、自分に理解不可能なかけ離れた高度なレベルの答えは来ないのである。
高級レベルのことを知りたければ、それなりの法則に基づいた求め方をしなければ何も起こらな
いのである。

人には潜在意識がある。
それはその人特有の意識であり、長い間に創り上げられた潜在意識の構成状態は本人でもわから
ないくらい複雑なものである。

その中の絡まった何かが解けたとき、その出てくる答の質いかんを問わず一気に解放されるもの
と考えられる。

それは今まで聞かされて来た言葉と言葉の中間に位置する感じかもしれない。
とにかく自分の構成された潜在意識のその部分に、ピッタリとはまるような感じであれば解放な
のである。


では、その解放する力とは何か。

まさに、生命力、生命エネルギーである。
この光、生命エネルギーが一瞬にして意識の中にいる自分を貫いていく。

このときの余韻が感じとして残り、自分のすべて、心身共に癒され同時に活力まで満たされるの
である。

生命はその人の意識の状態、要するに心のあり方によっても流入してくる量に差がでる。
生命力は人の体にまで入ってくるのであって、その生命自体は何であるかは分からないが、活力
や元気さといえばその感じはつかめるはずである。

生命力の働きが、いかにいろいろな面に及んでいるかが分かれば、誰でももっと自分を大切にす
るだろう。

如何にしたら、またどのような状態であれば、より多く生命力が入ってくるのか。

もし、自分の奥深くにある悩みの元であるネガティブに向かってできる限り光である生命力を流
すことができたら、ネガティブは我々を悩ます前に消すことができるということになる。

それは、内なる気づきと同じことであり普段の努力においても可能である。
我々は、真の調和意識(ポジティブ意識)を高めることによって、このことが可能になるのであ
る。

その程度は、我々の理解と確信がそのまま反映する。
生命力は、心から相手を思いやる親切や愛などにも反応する。

真の愛、その人自身が全意識でそれであることを感じれば、瞬間は奇跡となることもあるだろう。
すべては自分自身の無意識の中で起こることを納得すれば、自分に対する見方や考え方も変わる
だろう。

その基本は、自分を愛し、信頼し、そして自分を裏切らないことである。

誰も人の意識には完全に入り込めないし、誰も人の意識はわからない。
心の問題の解決は、他の人のアドバイスでも役に立つことはあるが、結局完全に癒すのは自分自身
以外にはいないのである。

これからの時代は、人の心と意識をもう一度再確認して、使いものにならない固定観念や慣習それ
に伝統といわれるものまで思い切って捨てない限り、いつまでも自分を取りもどすことも知ること
もできないだけでなく、自己を失うことにもなりかねない。

価値は外にあるのではない。
自分が心から幸せと感じられないのであれば、自分の何かが間違っているとしか考えられない。

逃れられない人の影響はある。
しかし、自分の意識までその侵入を許すことはあってはならないのである。