No.33  無意識への誘導 (1) 

私が昨年の2月から「潜裡眼」を載せ始めたのは、潜在意識を中心に人間の本質である意識全
体について、一人でも多くの人がそれに気づくきっかけになって欲しいという思いからだった。

我々にとって、まだ未知の分野である潜在意識や無意識の世界に気づいていくことは、物事の
本質の確かさを客観的、理性的に見る力を養うことになり、そして、それは自己の意識向上に
つながるだけでなく、自己の安らぎの場を見いだしていくことにもなる。

我々の精神的肉体的健康を維持しているのは、無意識として存在または遍満している「生命意
識」によるものであるが、それは誰も直接感じることのできない源生命エネルギーである。

我々の全意識状態を支配する「生命意識」というものは、簡単に説明できるものではなく、以
前にも「生命意識」を知るきっかけとして、その説明を載せたことはあったが、しかしその本
質のかけらも伝えるまでは行かなかった。

私一人が「生命意識」についてどんなことを言っても、あまり受け入れられることはないと思
っているが、しかし、潜在意識や無意識的なことを理解するきっかけとして、どうしてもこの
ような根源的な深い意味のあるものが必要だと考えていた。

ところが「その思いに応えるように」と勝手に思っているが、今年の2月に「コア・トランス
フォーメーション」という本が出た。

ここに書かれている「コア・ステート」という意識状態は、「生命意識」を理解する段階とし
て、またその共通意識として、この「コア・ステート」と「生命意識」を我々の精神性に大い
なる成長と安らぎをもたらす新意識として取り上げることができると思った。

できることなら、精神意識の世界に「生命意識」という概念が生まれることで、我々の精神で
ある心や意識が大きく拡大していけるきっかけになればいいと思っている。

「コア・トランスフォーメーション」では、心の問題解決を重点に進めている。

しかし、本来この「コア・ステート」という意識状態は、人の意識レベルを高めるために欠か
せない大変重要な意識で、それは私が今まで述べてきた、意識の通る道または順序と同じ意味
として扱っても構わない。

このような共通性があることを分かると、「コア・ステート」という言葉もそれほど違和感な
く受け入れられるだろう。

私としては、「コア・ステート」以外の言葉を使いたいが、その本から知識を得る人もいるの
で、理解しやすくするためにもこの言葉を使っていく。

「無意識への誘導(1)」では、この「コア・ステート」なる意識状態を詳しく説明し、「無
意識への誘導(2)」では、このコア・ステートによる画期的な前世療法について説明する。

どちらもその深い意識的意味や方法については、本には載っていないことである。


先ず、「コア・ステート」という意識状態またはその意識の感じについて述べたい。
それは、その感じをズバリ「こういう感じだ」と言いたくても、表現できない。

また、どうして自分の問題が解放されたか、またそうなったかも言うことはできないのである。
それは、私のところで「コア・ステート」を体験した人も同じ感想であった。

「コア・トランスフォーメーション」で検索すると、いろいろな「コア・ステート」に対する
考えが載っている。

はっきり言ってそのような考え自体、またそれがどういうものであるかなど考えていることは
時間の浪費である。

それは「コア・ステート」を体験した人なら、本人も体験する前はそうであったから、そのこ
とについてはよく理解している。

私は、「コア・ステート」の感じを、その広さや深さも含めて完璧に知っていると自信を持っ
て言える。

前に述べた「生命意識」というのは、本来は「コア・ステート」の先の次元の意識である。

「コア・ステート」はその流れを受けている意識であり、向上を目指す意識の順序として知っ
ておくと「コア・ステート」という意識レベルも分かりやすい。

私がいつも痛感していたことは、その「感じ」に触れることができればということだった。
これまで私は、相手の人にいろいろなことを話す場合、それも潜在意識に関する話が多くなる
が、このようなとき「感じ」という意識状態のことも説明しなくてはならない。

しかし、それはまるでその感じの抜け殻でしかないのである。
自分で体験し初めてその「感じ」というものが、全く新しい意識の世界に踏み込むきっかけと
なるのである。

意識や感じなど、そのもの自体は、絶対人に伝えることは出来ないのである。

その点を考えると、「コア・ステート」という意識的感じは、瞑想や修行など、特にそれを体
験するために自分が何かを準備しなくてはならないということもなく、誰でも早く体験できる
ものとしてはすばらしいものである。

歴史的に、過去多くの宗教修行者が求めていた無意識の感じが、今は意外と簡単に体験できる
ようになったのも、意識的世界が大きく開けてくる兆しかもしれない。

このような意識であるから、それは単なる意識的感じであっては何の感動も不思議さも伴わな
いだろう。

やはり、それなりの強烈な印象が残るものでなければ「コア・ステート」とを体験したとは言
えない。

その度合いは、それぞれの人が受け止める、その人が本能的に反応する感じで決まるのである。
この体験で、心と意識の違いが理解できるようになり、私としても非常に説明しやすくなるの
である。


自分の意識的成長を求める人は、心は意識の下におかなければならない。
心を重視している以上は、いつまでも高いレベルには入っていけない。

「コア・ステート」を体験して、このようなことを言った人がいた。
「覚せい剤を打ったらこんな状態になるのかなぁ」。

その人も私も、覚せい剤は試したことはないが、私はそれ以上の状態がまだあると言ってあげ
た。

その人の体験した「コア・ステート」の状態は、8である。
これは後ほど説明するが、いま私は「コア・ステート」の意識状態を10段階に分けている。

私がこの意識状態を始めて体験したのは、十数年前である。
それから今まで、いろいろなレベルの意識状態を体験し、それ以上の「生命意識」という意識
についても理解できた。

そして、この本が出たことによって、私の知っていることがかなり神秘的な部分を含めて言う
こともできるようになった。

「コア・ステート」という意識的感じは、千の言葉より一回の体験で、それですべて済むとも
言える。

すでに「コア・ステート」を体験した人は、まだこの世のほとんどの人が体験したことのない
意識状態を知っていることになる。

しかし、それを単なる体験や心の問題から自分を解放させるだけのテクニックとして、それ以
上何も進展させないのでは、本当にもったいないという言葉が出てしまう。
それほど、これからの自分の人生を大きく左右する大事な意識というわけである。

他の人にない意識的感じを体験した人は、それを人間の意識の本質を知ることに、またニセモ
ノを見抜く力をつけたり、自分を心身ともに安全に保つ知恵をつけたり、さらにもっと深い意
識の世界のことを知っていくように高めることもできるのである。

高いレベルの「コア・ステート」を体験した人は、人が通る意識の道にいるのであり、その順
序を誰よりも早く来ているのである。

「コア・ステート」を体験することは、我々の心に関係する問題をその解決の道すじも分から
ぬうちに和らげてくれる。

しかし我々は、問題から解放されたことを単に喜んでいるだけでなく、このように自動的に変
化させる無意識の力にあらためて注目することで、普段気にもしていない意識というものが、
いかにいろいろな面で我々に影響を与えているか、それも自己の成長の部分として気づいてい
けるようになるのである。


では、何故、私が人の体験する「コア・ステート」に、段階(レベル)をつけるのかというこ
とを説明したい。

それは、自分の「意識の位置」を知るためである。
ほとんどの人は、これを知らないために悩んだり、迷ったり、つまずいたりするのである。

宗教や精神世界の勉強、また瞑想にしても、自分が今どの程度のレベルにいるかどうか、また
この先どのような目標に向かって行ったらいいかなど、それを知っているといないのではまる
で違う。

「コア・トランスフォーメーション」においても一人で行なう方法があるが、これにしても初
めて「コア・ステート」を体験したと思っても、それが本当の「コア・ステート」なのか、ま
たそれはどの程度のものなのかは、どうして初めての体験で分かるだろうか。

結局、せっかく体験したとしても、このようなことやその方向性が分からないために迷いが入
り込み、気持も集中しにくくなるのである。

まして、長い間変化が無ければ、ほとんどの人はあきらめてしまうだろう。
その逆も言える。

すぐ体験できないと、自分にはその才能が無いと思い込んでしまう人もいるだろう。
どちらも大差はないが、それは、ただ基準と進め方が分からないことからくるのである。

そのようなことがないように、またそれらのことが出来る限り理解できるように、私は、体験
したコア・ステートのレベルそしてコア・ステートのいろいろなレベル、それにコア・ステー
トによる意識の高め方やコア・ステートを超えた意識状態などを話していくことに、重点を置
いているのである。

これだけ知っていれば、自己の成長の方向性もつけ易いはずである。
また、コア・ステートより高い意識状態があることも付け加えることで、それがどのように出
てくるかも知ることができれば、しばらくは目的意識には困らないだろう。

これらのことは、今すぐできるかどうかではなく、人生単位の目的として言っているのである。
この間に自分がどんどん成長する過程は、「自分自身が何を気づくか楽しみになる」といった
自己存在に対する価値意識も変っていくのである。


コア・ステートをかなり超えた段階にあるのが「生命意識」の理解である。
これは創造の力であり、神秘的霊的な力である。

我々の体を見ると、脳からの命令は神経を通って各細胞で必要な働きをなす。
それと同じく「生命意識」が人間のすべてに働く道、体で言えば神経であるが、それにあたる
ものは我々の意識である。

その順序はすでに述べている通りである。
私は、このことに気づきこの研究をしている過程にあるが、その創造性についてもいろいろな
ことを発見しているのである。

「生命意識」がダムとすると、「コア・ステート」は水道局の貯水場ということになる。
瞑想がうまくできないという人は、「コア・ステート」を体験してその状態から始めるとうま
く行くかもしれない。

何をやるにしても、「コア・ステート」の意識状態を知っていることは、その理解も早い。


我々の意識は、何によって難しくまた混乱させられているのか。
それは、心である。
では、心の何がそうさせているのか。
それは、心の限界である。
心が限界の中にいる限り、無智からは脱出できない。
では、どうすれば心を無智から救うことができるか。
それは、心に本質、愛、真理の知恵を受け入れさせるしかない。
その方法は何か。
それはきっかけである。
そのきっかけとなるのが、心では理解できない「ある感じ」である。
それは、「あるがまま」の愛であり光の呼びかけだ。
その気づきが、スタート点である。
そして、その進む道が「生命意識」への道となる。
後は、自分の魂の援助があるのみ。


人が救われるにしても、成長するにしても、意識の振動である「ある感じ」に触れなければ何
も起こらない。
この「ある感じ」の究極の顕現が、奇跡である。
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