No.3  波動・振動 (1) 

私が「七光導」で述べることのほとんどは、実際に体験したことや一からひとりで試し完成させてきた
ことである。

その中には数々の不思議体験やインスピレーションなどで得た事も含んでいる。

波動振動について説明する前に、私が最も大事にし目標としている振動の感じとはどういうものかを述
べたい。

私の過去世である。
今世から三つ前の過去世で、私は高いレベルの意識修行において、最終的な霊的法則のテストに失敗し
た。

次の人生である前々世は主に自己修行の人生、そして前世は若くして海軍で戦死、今世こそはという思
いで最高意識レベル到達に私は人生をかけている。

ありがたいことに、今世でもマスター(聖者)方が無意識の中で何度か私をテストしてくれたのだが、
また失敗してしまった。

この方がたは、決して多くを語ることはない。必要なことを一言言うだけであるが、それですべてを悟
らなければならない。

そのテストは難行苦行的なものではなく、あくまで自己意識に根ざす霊的レベルのネガティブを超えら
れるかどうかという、完全理解に関したことである。

また、このネガティブはこの世的人間性に関連したものではなく、霊的神的法則とか原理に関したもの
で話しをしても聞く側としてはピンとこないものである。

ネガティブも意識的段階を追っていくと、その質も変わっていくのである。
私が大事な判断をするときにいつも基準としている振動は、このマスター方の振動である。

私の意識が焦点とするところは、自分の魂とこの方々の振動であり、それ以外に集中するものやこの世
の誰も望まない。

このような方々の振動は、人間の形をとってはいるが人間から出るような振動は感じられない、それど
ころか、すべてと一体であるといったことはこういうことなのかと、真の一体性は分からないがそれで
もそんな感じになってしまうのである。

その振動の感じは、私の宝であり自分の目指す振動である。
この振動と数多くのインスピレーションによって、ここまで横道に逸れずに一人でやってこられた。

私は、過去世から引き継がれた無意識的記憶という潜在的感じの中で、このような探求は無意識のうち
に誰にも頼らずひとりでやれると感じていた。

見えない方々や自分の魂からたくさんの援助と誘導をしてもらい、本当に感謝以外ないという思いだ。
もう一度、今世でのチャンスにかけなければならない。

精神世界に興味を抱き、真剣に取り組んでいこうとする人はどんどん増え、またこのようなことに関す
る本やサイトも本当に多くなった。

真実を知らない人が何も知らない人に教える世の中である。当然混乱した意識の中で迷っている人も多
くなるので、当然ネガティブの罠にはまりやすい。

人間としての根本を支えるものが何かを知らずしては、いつか必ず大きな壁にぶつかる。
こう言えるのも、私自身このような壁に何度もぶつかり、そして思い知らされたからだ。

そして、ついに真理にギブアップせざるをえなくなった。それが純粋というものだった。要は、無駄な
抵抗はやめたということである。

真理に関することはかなりのことを知ってはいたが、自分の方法でいろいろ試してみたかった。
ほとんどの悪あがきはしたと思っている。失敗は山ほどあるが、ほとんどの人はそのどれかを通ると思
っている。人間意識の進化の通り道は誰も同じである。

結局、支えになったものはこの振動やポジティブ意識であり、最終的にいろいろなことが判断できて助
けられた。

気をつけなければならないことは、影で巧妙に操るネガティブの想念操作というものであるが、普通こ
のようなことにはほとんどの人は気づかないので、結果的には思った以上に大きな意識レベルの停滞に
つながる。

私はそれを振動で見分けそして見破るのである。このことは波動振動(2)で述べたい。


現在の私の意識は、無意識段階の中で霊的法則と原理の中にある。しかし、そこは霊界ではない。真の
霊界はそう簡単に入れるところではない。

この段階からさらに意識的進化を達成させることにより、原理との一体化が見えてくる。無意識の中に
その感じが知らされる。

ヒーリング能力、望む潜在能力の開発、その他では潜在意識構造の理解は、このような意識段階に到達
していく過程による副産物に過ぎない。

私の人生は、今の仕事が目的ではなく、すべての世界の理解と同調そして一体化の探求とその実現にあ
る。

自分はまともだと思っている人にとっては、このような言い方は狂っていることであり、大笑いするこ
とであるかもしれない。

潜在意識を知る上でも基本になるのは、波動振動の知識そして智恵である。

波動振動の言葉の意味はそれぞれ科学的に定義されているが、これから先意識的なことをいろいろと説
明するうえで、あくまでその感じをつかみやすいようにするため便宜上次のように分けてみる。

漠然と普通以下の場合は波動、普通を超えるようであれば振動として分ける。
自分の意識で分かってしまえば何もこのようなことにこだわることもなくなる。

意識的、そして霊的に高いものを振動、または高級振動といい、それ以下のものは波動としている。
低級振動というのではなく低級波動といい、霊的な場合は霊的波動でもいいが霊的振動とした方が、ポ
ジティブネガティブの度合いを感じとして意識化させる上で理解しやすいと考えている。

意識で感じることを説明することは大変難しいが、それでもいろいろな例とその段階的違いが感じとし
て分かれば、ポジティブネガティブ意識の違いといったものを自覚しやすくなる。
しかし、今回、その全てを言えるわけではない。

これらの感じは、最終的に潜在意識に入り、自動的に反応させなければ自分の役には立たない。
ポジティブネガティブの理解は、振動の違いをはっきり知ることが基本であるが、すぐ気がつくところ
では低級波動を知ることから始められる。

低級波動は誰でも知っているから、このレベルではポジティブ波動との分離は基本的に難しいことでは
ないだろう。

多くの人は心霊的、オカルト的、一般的に怖いとされる現象や話しにすぐ反応する。
これらのものは、ネガティブというより低級波動そのもので、我々が普通知っているネガティブよりさ
らに低級なものである。

怖いもの見たさの興味はあるかもしれないが、ポジティブ意識を目指すなら全く無視していい、本当に
自分の意識から無くしていい程度の波動である。

高級振動は分からなくても、低級波動にはすぐ反応する。これが一般的な意識レベルであるが、それは
人間的に意識が低いというのではなく無意識的に間違った暗示にかかってそれに恐れを抱くようにさせ
られたと思ったほうがいい。

これは、それが何であるかという理解によっても、そのネガティブ暗示からかなり解放されるものであ
る。本当のことが分かるにつれ、人は冷静になれる。

この低級波動は、特に何かの力があるというわけではないが、人が勝手に怖がっているだけで本当はど
う対処していいか分からないため不安になるといったほうがいいかもしれない。

昔から、「幽霊の正体見たり、枯れ尾花」という言葉があるように、なんでもすぐに反応して冷静さを
失うという心が問題である。

憑依に関しては、それもあるにはあるが、日本では強力に憑依されるということはめったにないであろ
う。

よくテレビに出てくる憑依されているという人は、その原因は自分の潜在意識に強く沈潜しているネガ
ティブなのであるが、それが自分とは思えない感じがするから他のものの力である憑依ではないかと思
うのである。

これは過去世によるカルマであるが、それを本人に理解させ潜在意識を緩めさせるのは大変なことであ
る。

憑依とされるものの多くは,低級波動が潜在意識に深く入り込み、それに完全に自分が占拠される感じ
で、しかも創造的にネガティブを発生させるという理由からも説明できるのである。

子供の頃聞かされたお化けとか幽霊の話、苦しみの中の死、そして憎しみやうらみといった人間の醜い
部分が、恐怖として多くの人の潜在意識に入っている。

人それぞれが持っているネガティブ性は、このように入れてしまった記憶と自分の前世、過去世の無意
識的記憶だけである。

人間は、未知なものや知らないことに対して無意識に恐れを抱くという習性がある。
ずっと昔、過去のまったく科学のない時代に比べれば、現在の我々はいろいろなことが解明されて多く
のことを知るようになった。

ある面、科学は見えないものを見えるようにしてくれたおかげで、我々は訳の分からないものに単純に
怯えることを消してくれたとも言える。

あとは、人間のネガティブの正体を知ることだけであると思うが、しかし、それは科学では無理である。
我々がもっと注意深くなって、この心理的なネガティブの暗示の力を弱めなければならないのである。

そのためには、第六感というものも意識できるようなればなお良い。
本来、人はだれでも第六感を働かせているのであるが、それを強く意識しているかどうかでその働く強
さも違ってくる。

第六感は振動、波動の無意識的キャッチであるとも言える。それは内的な方向から来る。
それを潜在意識がどのようにして顕在意識としての自分に知らせるかであり、それを自分がどう見極め
るかである。


人間の意識と神秘を理解するため、また、それが本当のことであることに気づくためにはいろいろな話
が必要である。

人間のネガティブがあまりにも深いため、たとえ本当のことであっても、それを完全に信じるためには
いろいろな角度からたくさんの事実を知らなければならない。
それでも見えないものには限度がある。

人が人の足を引っ張り、この世のネガティブ意識がまた人の足を引っ張る。
無意識のうちに、そのように仕向けていく巧妙な罠もある。洗脳という想念操作もその一つである。
たくさんの人の意識が成長されては困る人もいるのである。

ネガティブの喜びは、人がいつまでも迷い、混乱の中で苦しみ、不平不満を言いながら微々たる目先の
欲と快楽をむさぼるような人間にさせることを目的とする。もっと言えば、病気で苦しんでくれること
がネガティブにとっては理想だ。

そして、それが人生だと言う。所詮何も変わらないと言う。努力することなく楽しめと言う。
いつ気づくのだろうか。いつ目覚めるのだろうか。

自分のネガティブは自分で処理しなければならないという宿命を各自に負わされているが、いつまで逃
げられるのであろうか。

本来の逃げ場所である我々の本質でもあるポジティブ意識を、隠し気づかせなくしているのがネガティ
ブということである。

長い輪廻を通して、我々は一度も最高のポジティブ意識に達したことがなかったのだろう。
人によっては一度達したことがあるかもしれないが、今世では忘れてしまっているかもしれない。

人はネガティブにすぐ反応し、すぐ心配不安を持ってしまう。
ポジティブではどうか。ポジティブ意識になるためには怒力しなければならないと考える。

だからポジティブ洗脳をしてあげたくても、それは出来ないのである。ネガティブ洗脳は不安恐怖を用
いれば以外に簡単だ。

自分の本性がポジティブ意識であるのに、ポジティブ意識になるために努力をしなければならないとい
うことは、本当に悔しいことである。

しかし、逆を考えれば、自分のネガティブ性が少しずつでも減らすことが出来れば、本来のポジティブ
が光りだすとも言える。

ポジティブの振動を思い出すための言葉や感じはいろいろある。
身の回りでも、喜びの感じや感動、感謝などの内的な感じ、美しい振動を含んだ言葉もポジティブであ
る。

これらの振動をいつでも頭の中心から体全体へ発することが出来れば、気分的にも自分を安定させるこ
とができる。

我々はいつでもこのような状態になることが出来なければ、すぐにネガティブに占領されてしまうので
ある。

我々はポジティブ意識にどんどん変わることで何かが可能になる。また、より自分の魂の援助が受けや
すくなる。

特に何かを目指すということは必要ない。このようなポジティブ意識に変わっていく行為自体が、潜在
意識に近づくことであり最終的に潜在意識が新しい自分となる。

誰にも共通な一つの意識の道をネガティブとは反対方向に向かって歩くだけだ。
そして、ある時点からは哲学も、宗教も、潜在世界も用済みとなる。

意識の自由、美しい振動の世界を楽しむようになるのであり、そして智恵を持って自分の望む方向に力
を発揮できるようになるのである。


ポジティブネガティブを意識的に分けその波動を知っていくことは、第六感的でありその能力も高める。

簡単な方法としてその分け方の一例を述べてみる。
ポジティブの言葉を考えてみる。たくさんあるが、

たとえば、神・光・愛・喜び・健康・幸福・平和・・・・。

次に、ネガティブの言葉を出してみる。

悪・地獄・憎しみ・苦悩・恨み・病気・死・・・・。

この二つの波動の違いはすぐ感じると思う。
この言葉から出る波動は、普通であれば誰の潜在意識にも浸透しているものであるから、すぐ何らかの
感じとして出てくるはずである。

普通の心では、これらが混合して揺れ動いている。要するにそのときの状況ですぐどちらかの反応をす
るのが人間である。

悩み苦しんでいる時は、心が重いという。この重さとは何か。それがネガティブである。

気持が明るくさわやかな状態であるときに、心が重いという人はいないであろう。そのときは心が軽や
かで明るい感じがするであろう。

これは、善悪という分け方で決め付けてはならない。単純に言えば心の持ち方で変わる。
この反応は今世的で、総体的なポジティブネガティブの決算は、ある年齢で表れたり来世でカルマとし
て表れる。

これがはっきりと分かるもでないために、ほとんどの人は信じられないという。
だからたくさんの信じられるための話しが必要となるのである。それを私は意識レベルの勉強と言って
いる。

訓練としては、たとえば、自分がポジティブな言葉から来る波動に満たされている状態におく。
しかし、それでも心のどこかに何かいやな感じのネガティブを感じる場合がある。それは本来の自分に
あるネガティブである。

そのような時は、さらにその状態から分離を試みる。さらにポジティブ意識を高めるというように。
そして、一段高いポジティブに達すれば自動的に古いネガティブの正体が理解できてくる。

このようにしていけば、わざわざネガティブを見つめるということは少なくなる。
ネガティブとは何かということを探求する必要はない。その探求の行き先は暗闇だ。

無理に入っていくと出口を見失うから、しっかりポジティブ意識がつくまでネガティブのことには深入
りしないことである。

このポジティブ理解はほんの一部であるが、これを徹底してやることが出来れば自分が根底から変わっ
てくる。

そのためには、これが正しいいとするたくさんの裏づけがあるということも知っていて欲しい。
ポジティブ意識がどうしてネガティブに負けるのか。私にはその考えがこの世で一番信じられないこと
である。

自分が成長したという今の意識を感じるには、今の自分からもう一段意識のレベルアップが必要だ。
その段階で自分を振り返ってみることが出来て、はじめて自分の意識が分かる。意識は今の自分を把握
することは出来ないのである。

私はこの理解を心理療法にも応用している。心理学の勉強をするなら、この方法を知っておいたほうが
効率は良い。

潜在意識を理解するということは、それより下位の意識はほとんど理解したのも同然だ。
私は、ポジティブネガティブに関しては徹底的に研究した。

人間はこの相対の中に生き、この相対からは抜け出しては生きていけない。
我々は一番基本的なことを無視、そしてその基本的なことに悩まされているのである。

この基本は、信じるかどうかというより、人間として知悉しておかなければならない重要なことだと思
っている。

私はこの理解があって、本当にいろいろなことが納得できたのである。


霊的振動は自分を守るためにも使える。

ネガティブ波動の攻撃を受けている感じがしたリ、そのようなことが分かったときにも使う。
いろいろな例があるが、昨年の夏ごろ、私が占星術や心理療法の研究とHP作りで七光導も休止しなけ
ればならないくらい忙しい時だった。

たまたまグーグルで検索し、コア・トランスフォーメーションの掲示板のサイトを見た。
そうすると、私がいかにもこの掲示板の管理者であり、自分に都合のいいような書き込みをしていると
いった内容が書かれてあった。

掲示板は自分の名前が分からないので、随分強気になって書き込んでいた。愚かなことだ。
私は、掲示板に関しても無知でやりかたも知らないし、もちろん一度も書き込みをしたこともない。こ
れからもどんな掲示板にも書き込みをすることはないしその必要もない。

私にはやらなくてはならないことが多いので、自分に害を及ぼすものから自分を守ることをしなければ
ならない。

その人間の波動的感じに合わせ霊的振動を送る。それは、その人間が私に悪念を送った場合、それをそ
のまま自分に戻るようにすることである。

私に悪念を送らなければ何も起こらないだけで、それは長い間有効だ。
私の送った霊的振動は、恨みや憎しみではなく超ポジティブ振動である。

ネガティブなものは何も送らないので、私自身ネガティブ意識になることもないのである。
相手が勝手にそうなるだけである。これを自業自得という。

目には目を、歯には歯を。この言葉はこの世では自分がやられたことと同じようなことを仕返しをする
と解釈されているが、本当は自分の行いに関して言われていることである。

自分が行なったことは、いずれそれに相応するものかそれ以上になって自分にも返って来るということ
である。それは善いこと、悪いことの両方に当てはまる。

ネガティブな思いで仕返しを考えてはならないが、せめて自分を守る事をしなくてはならない。
そのときにも、このポジティブ意識と振動は安心して使える。もちろん自分の魂にも許可を得る。

他の例では、ある人に5,6年間嫌な思いをさせられ随分迷惑をかけられたこともあった。
そのときも私はただこの思いで生活していた。

一年前、その人は取り返しのつかないことで自滅した。しかし、どんな場合でも私は決してその人の不
幸を喜ぶことはしない。

ただそんなときは、ポジティブネガティブの本質を知らないとはいえ、いつまでも繰り返すネガティブ
の苦痛を考えると人間の寂しさを感じてしまう。

私は、このようにして自分を守るか、普段は強い振動によって自分の中に入ってこないようにガードを
しているのである。

ネガティブなこの世だけを見つめていると、決してネガティブ地獄からは抜け出せないのである。

自己探求や自己啓発の勉強においても、いつどうなるかではなく確実に善いことをしていると思うこと
が大事である。

今回は波動振動(1)だが、波動振動(2)を掲載する前に次回はヒーリングに関して述べたい。