No.19  意 識 の 層 

自分の精神において、我々は一体何を望んでいるのだろうか、正直どうなりたくて、どうなることが理
想なのだろうか。

自分の中で、何とももどかしいはっきりとしないざわつきは、一体何を自分に気づいてもらおうとして
いるのか。

もし、自分からあらゆる制限が無くなれば、もし自由に自分の理想の方向に向かえるならば、その条件
が満たされたとしたなら、躊躇することなくすぐその道に入って行ける人はどのくらいいるだろうか。

仮に条件が整ったとしても、そこで考え込まなければならない自分がいるとしたら、その意識の中には
どのようなネガティブが潜んでいるのだろうか。

我々を思うように前進させないネガティブとは、その正体とは。
また、何故人は自分の中でポジティブネガティブをはっきり区別できないのか。

それにしても、我々はいつまでネガティブに振り回され続けなければならないのか。
何故、ネガティブを自分から離すことに戸惑うのか。

人は、ネガティブに弱みを握られているから、ネガティブを自分から外しにくいのではないか。
それは、ずっとネガティブと共に生きてきたため、それが自分自身だと思い込んでいるからか。

ネガティブを外していくことは、自分でなくなるというネガティブ暗示にかかっているからか。
これが我々が生きている意識の世界、一番下の意識の層であるネガティブの世界なのだ。

この世の疑問、未知なることの解明、本質真理の理解、それを突き詰めて行けば、一なる方向へ。
逆方向は、分離分散の繰り返しで、崩壊の道へ。

結局、一なる神は変わらずに崩壊していくのは最後のネガティブ世界となる。
一体化への道は、一つの方向のみである。

ネガティブによって隠されている、極々当たり前の我々の自然な姿はいつ取り戻せるのか。
それは、今か、それとも苦しみによって気づかされたときか、それとも幸せの後にか。


すべての意識は一つの場にあって、その中でその意識特有の振動率で分離しているだけである。
その一つ一つの分離している意識は、地層のような感じでそれ自体が振動率で他と分離している。

その意識というのは、我々がすでに知っているもので顕在意識(思考・心)からはじまり、意識、深層
意識、潜在意識、無意識、魂、霊界(アストラル界、メンタル界、・・・)となる。

その中で直接我々にいろいろと作用影響を及ぼしているのが、ポジティブネガティブである。
ポジティブネガティブは、この各層の意識の理解によって大きく変化する。

それは、我々が今気づいているポジティブネガティブの意味や意識的感じは、その理解によって全く違
う感じ方に変化させることが出来るということである。

それを無意識に感じそのような捉え方をしている人もいるのだが、これは人が気づいていない創造性に
も関連している。

霊界に近い無意識にあるネガティブは、人間が感じるネガティブや低級波動とはすこし違う。
無意識的には小さなネガティブであっても、霊的に近い分ネガティブ性が強く反発され、その感じが意
識の層を通って人間が表現するネガティブとなる。

霊的法則からみれば、ポジティブネガティブは魂以上の意識の層には存在しない。
魂以上の層、世界からは別な振動率ということになる。

その特有の振動率で分離している意識が、違う振動率の面を超えるときに抵抗を感じるため、我々はそ
の先に行けないだけである。

その抵抗は、我々の意識のレベルを上げるとか振動率を上げることによって超えられる。
ここでいう意識レベルを上げるというのは、霊的なものすべてに近づくということである。

その手段として誰もがやっていることは、そのような本を読んだり、宗教的なことに触れたり、瞑想し
たりしてその意識に慣れて行くことである。

しかし、それだけでは霊的知識が得られたとしても、まだ霊的な振動の世界に入っていることにはなら
ない。

意識レベルを上げるために必要なことは、本質、真理の深い理解とその振動を知っていくことである。
もちろん、これらの理解にも段階がある。

物質世界に生きるにしても、かなり満足できる理解の範囲はあるのだから、できるならそのくらいは理
解したほうが自分の人生も満たされるだろう。

我々が、自分の意識を自由にして他の振動率の世界に入っていく方法を理解することによって、さらに
深い神秘が解かるようになるのである。

今、心しか分からない人は意識の世界へ、意識的な人は潜在意識の世界へ、そして無意識の世界へ、と
いう感じで、どんな人も段階を経て少しづつ慣れていくしかないだろう。

意識の層を低い振動率から高い振動率の方向に並べていくと、それは宇宙へと拡大していくように感じ
るかもしれないが、そうではなく逆に自分の内側の方向に深く潜っていくことになる。

我々の根本は、すべて意識であるからその振動率によって顕現方法が変わるということであるが、とき
どき無意識のうちにそのような世界に入る場合もある。

特に、睡眠時は入りやすい。
また、死後の世界や過去世は、無意識の層辺りに別な振動率としてその世界がある。

何故なら、死後の世界や過去世は真の魂(霊的魂)以下の振動である以上、その手前の無意識の振動率
辺りにとどまるしかないからである。


今説明していることは、あくまでこれから自分の意識的方向を訓練するために、便宜上わかりやすい形
で方向や段階の目安として表現している。

意識である以上、きっちりとした線を引くことはできないのである。
今生きている我々は、物質的魂として生きているのであって、その魂も霊的魂より生命意識や生命エネ
ルギーを得ている。

たくさんの意識的理解と段階を経て、物質的魂から離れることが出来ることによって、霊的魂からより
多くの智恵や生命エネルギーを得ることが出来る。

そして、はっきりとこの世的振動との分離が可能となって、意識の自由が我々の意識と一体化するので
ある。

これを早く可能にするのが、自分のネガティブ性から抜け出すことである。
そのあとはさらに高い段階と能力の発揮に向かって、この世における意識的な理解とは別な次元の意識
理解へと進んで行く。

これが修行僧や求道者の意識的修行であるが、この人たちにとってもこの部分は高いレベルとなる。
一般的には、このようなことまで求めなくてもいいが、意識の勉強や訓練というものはこういう方向だ
と理解しておけば、精神世界系で言われていることもいろいろ識別できるようになるだろう。

大事なことは、自分がどこまで高められるかだけである。
その度合いが、この世における自分の内的幸福や満足になり、またこの世に生を受けた自己存在に十分
な喜びを感じるということになる。

自分を高めようとする人は、死ぬまでこの方向の中で自分が向上していることを感じるだろう。
また、何もしない人は、いつまでもああでもないこうでもないの世界で、むなしい答え探しで明け暮れ
るだけである。

この世では真の答えが得られない、真の答えは心的レベルでは知ることができない。
だから、潜在意識、無意識の理解が必要なのである。

無意識レベルは、霊的なことや本質的に深い意味を感じるための場である。
この世と霊界の間、要するに意識のギャップを埋めるための媒介とか中継点という意味で必要なのが潜
在意識レベルなのである。

意識の段階を上って行くとはこういうことで、どんな人もこの点では同じだと言える。
早く自分の意識を十分に使えるようにしていくことが、人生を楽しくすることにもなるのである。


意識の層を説明していく上で必要なのは、その理解の仕方であろう。
やはり、誰もがつまづく意識の勉強というものをスムーズに出来るようにすることが大事かもしれな
い。

まだまだ意識に関しては、ある意識状態をこのような感じで表現しようとか、こういう意識状態をこの
ような言葉にしようとか、まだそのようなところまで行っていない。

ましてや人それぞれの意識であるから大変には大変であるが、私のサイトの中でも意識的に分類した言
葉はほとんど使っていないが、大きく分けた意識的感じは最初から一貫して通してきたつもりである。

お互いに意識を理解するため、話を円滑にしていくためには、これからはそのような言葉も必要かもし
れないと思っている。

言葉も大事だが、最終的には意識そのもので理解していくことであるから、出来る限り自分の意識を鋭
敏にしていくことも必要である。

私はいつも、ブログやこのHPではほとんど意識中心のことを述べているが、どんな潜在能力開発にと
っても知識的なことより意識の理解が大基本だと確信している。

よくある話で、潜在能力開発のテクニックを教えてくれるというサイトを目にするが、潜在という言葉
が付いたらそれは深い意識ということである。

深い意識をどう教えるのか、どう伝えるのか、短期間でそれもみんなばらばらの意識を持った人たち
に、となる。

結局、自分の中で実践して初めてこれが使えるとなるまで、その使える意識は固定できないのである。
この固定にしても執着になっては次の段階の障害になるなど、意識の世界にはそれなりの進め方があ
るということも頭に入れておいてほしい。

もう一つ大事なことを言っておきたい。
それは、霊的意識の世界はこの世の延長で考えない方がいいということである。

確かに人の意識は一つであるが、それも霊的意識との一本線で、次元が重なり意識の層として人の意識
は一つではあるが、この世と霊的世界は次元が違うのであるから、霊的世界は厳密にはこの世の意識そ
のものの延長ではない。

この世の意識はこの世用。ちょっと窮屈な言葉使いになってしまったが、全体的意識から見ればこの世
は本当に極狭い世界なのである。

そんな狭い世界に無限永遠的な意識を押し込め感じようとすること自体、最初から大きなつまづきであ
る。

だから、心から離れよ、となる。
心はこの世、物質、それより先の意識は自由、無形である。

人の意識は肉体とつながっているが、すべて意識から動いているのである。
その前に無意識、そしてその前にも霊なる魂が、と意識の層はまだ続く。

次に、言葉から説明してみると。
精神世界や宗教などの本やサイトを見ても、言葉の意味が分からないことが多い。

これは昔からである。
宗教でも本当の意味が分からない、どうやってその意味を理解していいか分からない、結局誰も分かり
やすく説明してくれることもなく、とうとう現代において宗教離れとなる原因になってしまった。


私は意識的なことは、いつも3つの言葉の意味で考えるようにしている。
一つはこの世で通じる言葉の意味。別な一つは霊的な言葉の意味である。

霊的な意味は、霊界というこの世とは全く別な真理の世界に集中したときに必要である。
昔から、聖人クラスが語ってきた言葉が、この世ではどう解釈しどのように生かせばいいか分からなか
ったのは、次元の違うものをこの世の言葉の意味に当てはめて理解しようとしたからである。

だから、ただありがたい言葉として信じるだけで善いなってしまった。
そうではなく、たとえ真の意味は分からなくても探究することはできるのである。

意味を理解し、それが自分の意識として一体となったとき智恵になる。
霊界はこの世とは次元が違う。

次元の違う世界で通用する意味は、この世には存在できない。
だから真の言葉の意味、意識は霊的意識の中でのみ分かるのである。

どんなにあがいても、この世の意味でそれを理解しようとしても無理なものは無理である。
しかし、これで終わっては人間意識の進化は望めない。
どうしたら霊的意識の言葉の意味に近づけるだろうか。

そこでもう一つの言葉の意味が重要となってくる。
それが潜在意識における言葉の意味の理解である。

それがバランス意識である。
我々は何よりも一番遠い、要するに一番求めている自分の理想という意味で、それから一番遠いところ
にいる。

分かりやすく言えば、神の世界とは正反対のネガティブ世界にいるということである。
今の自分たちがすべての世界の中心にいるのではないのであって、これ以上後ろはないところにいる。

霊界に比べれば、顕在意識から潜在意識と呼ばれる範囲は非常に狭い小さな世界に過ぎないのである。
せめて、潜在意識が自分のすべての中心でなければ、どこに行くにも遠回りになってしまう。

それは、意識の順序から考えても分かるはずである。
ということは、潜在意識レベルも知らずには霊的なことを言っても、それは単なる知識の寄せ集めにす
ぎないだろう。

そういう人の意識の振動自体も決して高いはずもないのだが。
だから宗教とか精神世界とかその他の霊的教えでも、その言葉の意味を研究することが必要なのであ
る。

そうすることによって、徐々に高い振動やポジティブ的な意識や霊というものが、自分の中ではっきり
位置づけられるようになってくる。

ここまで説明してくると、我々が求めること、そしてそのためにまずやらなければならないことは何か
ということが、自ずと出て来るはずである。


我々の意識段階は、まず潜在意識を知ること、それに向かって努力することとなる。

潜在意識になること、それが自分自身となることで、その結果自分は潜在意識で表現するものとなる。
決して、この世で作られた固定観念が自分という存在の発信源ではないとしたい。

この世の意識から霊的意識に向けては、波動振動が必ず高級化していくのは絶対の事実である。
我々は、昔から霊的な名前が付いているというだけで、低級なものまで聖なるものとかそれに近いも
のとして騙されて信じこまされているものも多い。

この世の価値で何でも判断しようとすれば、決して自分を高めることは出来ないだろう。
だからといって、この世を無視しろと言っているのではない。

我々はこの世に生きているのであるからこの世もしっかり理解して、すべてに偏らない意識を自分の中
心になるように、理性的な自分を創って行かなければならない。

それほど我々人間は、真理(真の我々の正体)から見れば、ネガティブによって別な生物になっている
のである。

一応、人間と呼ばれてはいるが、同じ人間仲間でもこれでも人間か!と思いたくなる人間もいるだろ
う。

潜在意識に向かうということは、本当に我々を向上させるすべての要素を含んでいるのであるから、誰
もがこの方向に目を向けてくれれば、必ず真の世界平和が早く訪れると思うのだが、残念ながら・・・
である。

今回は、全体意識の説明であるが、意識をこの量でまとめて説明することは難しいので少しバラついた
文になってしまった。
要所を押さえながら読んでいくと理解しやすいかもしれない。