は じ め に 

「潜裡眼」に続いて、意識向上に向けてさらに深い段階として「七光導」を掲載し、誰
にでもある意識の神秘性に触れていこうと考えている。

「七光導」の目的は、自分自身を知り、自己意識を自由に解放することによって、ネガティブの影響に
も左右されず、そしてさらに高い意識の中に進んでいけるように、「真の自己解放」を目的とした「意
識の目覚めと成長」を自らが深く探求できるように「意識の道標」とすることである。

この方向に推し進めていくあなたの意識は、それは新たな自分自身となる意識であり、その絶対的
な意識の場は同時に唯一自分が安らげる憩いの場になっていく。

七つのチャクラ、七福神、虹の七色、音階の七音、月曜日から日曜日までの七曜、運がいいとして使わ
れるラッキー7など「7」の付く言葉は他にもいろいろあるが、人の潜在意識には、この「7」はいい
感じの波動を持った数字として定着している。

このように数字にある神秘的な意味も、意識的振動と重要な関連性がある。
「七光導」とは、月から日曜日の必ずどれかの曜日に生きる我々が、いつも「魂からの智慧の光に守ら
れ導かれますように」という思いで作った言葉である。


次に、これから進めていく内容を大まかだが現時点で考えていることを並べてみる。

第一に重要な点は、今までとは違う価値観と理性で物事を判断する自己意識、それもまったく新しい真
の自分自身と言えるまでの意識を作ることにある。

それは、「自分自身が何であるか分からない」といったことから、「これが自分自身の意識である」と
言えるように近づいていければこの世のこともよく見えてくるだろう。

そのためには、この世の間違い、すなわち今まで良しとしてただ流されるままに受け入れてきた多くの
観念、そしていろいろな方法や方式、それ以外に善的道徳的に良しとされて暗示的強制として刷り込ま
れてきたもの、などを、もう一度その真を確かめることによって、自分の成長の障害となるものを強い
決意を持ってすべて排除していかなければならない。

しかし、今まで意識のことを深く知らずに生きてきた人は、このようなネガティブを見極めることはそ
う簡単に出来るものではない。

その基準が見えなければ、どんなに本物で自分にプラスになることであっても、またそれによる成長も
実感できなければ、結局疑問を抱くようになり今度はそれを否定するようになる。

意識レベルが低いというのは、何もその人の全人格が低いという意味ではなく、このような意識で感じ
る敏感さや霊性が普通より乏しいということである。

このような人は、どうしても物質的な人生が価値判断の中心となるので、心の病気を治すにも意識的な
人よりは時間がかかる。

ネガティブがどういうものかその深い正体を知らない人にとっては、いつも不安定の心で生きるしかな
い。

とにかく出来る限り、自分が完全に納得できる新しい自己意識を目指し、一つずつでも前進しながら意
識から自分が満たされているという感じを実感するしかない。

ポジティブネガティブの理解は、基本的にすべてに関して重要な自己基盤となるものである。

意識レベルが高まり、生まれ変わる意味や生きる意味を完全理解によって受け入れることが出来るよう
になったなら、次は、自己の未来まで、それは死後の自分の生命存在をも含むのだが、そこまで意識し
て自分を方向付けて行けるようになると、もうこの世のネガティブには左右されることはなくなるだろ
う。

この段階は、結構高い目的だが何もすべてがこれだけを目標に進めることでもない。
自分自身を知っていくこと自体、たくさんの可能性や満足を見つけやすくなるということにつながる。

しかし、そこに入る段階としてどうしても実現してほしいことは、先ず、この世のポジティブネガティ
ブを真に理解することを通して、自分の人生における障害となる、また何事にも自分の行動を邪魔しよ
うとするネガティブから少しでも自由になることである。

これまではこの世のポジティブネガティブについて述べているが、これを理解すれば次なる次元に関わ
るポジティブネガティブの理解に進んでいくということも頭に入れておくと、もっと意識が広がる感じ
がするであろう。

誰もが知っているネガティブ、しかし、ほとんどの人が知らないその正体。

いつまでも、そんな幻に自分を苦しめる力を与えることを拒否し、それで得た智恵をもっと自分の意識
的向上にまわしたいものである。


この世と現在の自分の意識との関係をあらゆる点で観察比較することによって、その価値観、真偽、な
どをむき出しにさせ、そして完全にそれらの正体を理解納得していくことは、それは同時に意識レベル
を上げる訓練でもあり自分自身の心の修行とも言える。

人に求められる一番基本で重要なことは、「心」を知ること、それは「自分自身を知ること」と同義で
ある。

修行といっても何か特別なことをすることではなく、毎日の仕事や生活の中で行うことである。
それは、このような場の中で実践することを通して、「心を知る」「心の習性を知る」ということであ
る。

せっかく生きているのだから、また人生は勉強の場とか修行の場であると言われているくらいだから、
有効に活用していくことが最終的にいい結果をもたらすことになる。

新しい時代、今変化しつつある地球規模の意識変革は、何かがいきなり変化して我々がその中に投げ入
れられることではない。

その変革には法則性による順序があるから、冷静に、何かに踊らされて自分を見失わずしっかりとした
思いで進めてもらいたい。

しかし、何も考えず流されるままに生きてきた人にとっては、またそのように生きていけると思ってい
る人には、大変なことが起こってきたと感じるかもしれない。

すべてに関して、そしてすべてに言える第一条件は、「心」を知ること、そのために先ずは「心」から
離れて客観的に自分を見つめることが出来るようになることである。

意識レベルアップといっても、はじめは自分の思考から始まり、自分の心を相手にすることから始まる。
心がどういうものであるかを知っていかなければ、意識のことは掴みにくいだけでなくなかなか前にも
進まない。

強引な言い方をすれば、心イコールネガティブである。

中には、心イコールポジティブという人もいるが、その数は圧倒的に少ない。ほとんどいない。
また、このような自己探求は心理学の勉強ではないから、決まったプロセスを消化してくこととは違う。

私の考えを言えば、心や意識を学問的にとらえて勉強するくらいつまらないことはない。
我々は生きている。それは今生きている自分の心と意識に焦点を合わせることから始まり、他人の心で
考えることではない。


私がこれから先話していくことは、今必要な考え方や感じ方をつけられるように、今までの自分が研究
したことや訓練など、その他にはいろいろな不思議な体験など、自分が実際に考え実践し、経験したこ
とを中心に進めていくつもりである。

もう少し細かく言うと、今まで私が体験してきた不思議なことを研究分析して気づいたことから潜在意
識や生命意識について、瞑想やヒーリング、その他私が行っている心理療法などが、心、意識、潜在意
識とどのように深く関連しているか、また、意識の通り道が魂や霊界とどう関係があるか、また自分の
潜在意識や能力を伸ばしたり高めたりするには、どのような心や意識ではなくてはならないかなど、す
べて私の思いや考えそれを実践に向けて行なってきた意識的訓練などを通してその過程でどのような躓
きや苦痛がともなってきたか、そしてどのようにして克服し、導きなどがあったか、このようなことを
全体的に生きている例として出していきたいと考えている。

私自身が今まで体験して来たこと、特に不思議な体験の数や種類は、人があまり体験できないことを考
えると少しは興味が持てるだろうと思っている。

これからも私自身が生命意識で動けばどのようなことが可能になるか、いろいろと探求してその体験談
を載せて説明できるように集中していきたい。

潜在意識や無意識などに関することは、他の人の例や本などを解説するだけではその本質に迫ることが
出来ない。

その点、今まで生きてきた自分のことは自分自身がよく知っているのであるから、曖昧さもその分消え
るだろうと思っている。


「七光導」は、深い意識レベルの事に関して進めて行くつもりなので、その説明自体を分かりやすくと
か詳しく説明することが出来ないこともある。

そのような進め方では、今私が思っていることや意識にあることをそのまま表現することができなくな
るからである。

詳しく説明するのは、別な形で出来るようにしたい。
難しいことや何を言っているのか理解できないことも出てくると思うが、そのまま通していくつもりで
ある。

意識の世界を、いろいろな角度からまた視点を変えて自分なりに考えていくことは、脳を鍛えるだけで
なく意識的な回路を開くことにもつながっていく。
私はこのようなことを徹底してやってきた。

ある程度の心の正体が理解でき、意識や潜在意識のことが感じられるようになると、次は無意識とか霊
的という理解に入っていくようになる。

それには、新しい意識が要求される。時間を越えた観念というあいまいさから、時間を越えた意識とか
この世の観念から完全に離れるといった無意識の世界に挑戦していくのである。

そのような意識状態に入ると、今まで考えも付かなかったインスピレーションや高度な気づきといった
ものが自分に現れるようになってくる。

細かいことは、いずれいろいろな話の中で必要なことは書いていくだろう。
自己意識の成長と進化の方向は、無限である。
どんなにがんばっても死んでも達成できないくらいのものである。

そこまでいかなくても、せめて自分の運命を自分で決定できるくらいにまで、近づいていけるようにな
ればと思っている。

このようなことは、当然他人が口を挟めることではない。
何を言われようと、自分自身が満足し納得できればそれがそのときの完成である。
しかし、進化はまだまだ続くので、最後まで自分をここまでと限定しないようにするべきである。

この世に生きる目的の一つは、生まれ変わりにストップをかけることと、もう一つ自分の死後の行き先
を決定できるようになることである。

これは、我々が出来る最高レベルの目的の一部分であるが、その人生の完成は、自分がこの世を去るま
で出来ればいいのである。

そこまでに至る過程においても、存在的自己は相当な意識レベルになっていることは言うまでもない。

私が何故このような人生の最終的段階の話しをするのか。それとももっと潜在意識開発のことでも話せ
ばいいのか。

どちらにしても、一つの意識の理解は全体的理解に影響していくことを考えれば、それは人間そのもの
を理解する上で何もバランスを崩しているわけではない。

初めて意識のことを勉強していく人も、相当なことを知っている人も、この意識の通る道にいることで
は同じである。


人が苦しむのは、あいまいさをはっきり見極められず、答えの出し方を知らないからである。

また、答えを出せないときにどこに自分を置くかを知らないからである。
どんな形であれ、自分が納得できる答えを早く出せることが大事である。

自分の深い部分の意識は、誰も自分以外に分かる人はいない。自分でさえ分からないという人もほとん
である。

この自分の深い意識に集中してみると、何を感じるであろうか。
どんな振動を感じるであろうか。

自分自身をよく見つめなければ何も知らずにこの人生は終わってしまい、また来世も同じような意識状
態で同じような苦しみで生きることになる。

中には、何の苦しみもなく生きる人もいるだろうが、いつまでも同じことの繰り返しには変わらないし、
またいつの世も自分は平和に暮らせるという保障もない。

今は、このようなことを気づかされる時代に入ってきたのかもしれない。
自分自身をよく知り、そしてそれと同時に人間とこの世界を知っていこうとすることが、さらに深い今
まで閉ざされていた未知の世界の扉を開けることになる。

これからあらゆることに関して、自分の意識で知っていく準備が出来れば、そして新意識としての自分
が確立できれば、後は誰の言葉も必要ない。

人の体験や言葉は、参考にはなるが、証拠とはならない。

私の話すことも、このような気持ちで鵜呑みにせず、最後はその真実性を自分で確かめてほしい。
早くこのことを理解して、自分のために自分なりの証拠作りをしてもらいたい。

このような自分を作っていく過程の副産物としては、自分のことを誰が何を言おうと傷つくということ
もなくなる。人の言葉で自分が傷つくということ自体、おかしな意識状態と感じるだろう。

何故なら、人の意識構造が分かれば、このようなことは当然分かっていることに過ぎないからである。
何も知らずに、ただ怖がっているより、人間や物事の本質を見通す力をつけることだ。

現代というよりこれからの時代に向けて、我々はたくさんの情報に惑わされる。
何が本当で何がうそか。何の知識も持っていない人はそのような情報によって、心配と不安の日々を生
きなくてはならない。

聞くほうも、その情報を流す方も本当の事を知らないのだったら、心配不安も取り越し苦労になる。
何が起ろうと、この先どのような状況になろうと、意識だけはしっかりと不動でありたいものだ。